文明の衝突
米政治学者のサミュエル・P・ハンチントン氏(比較政治学)が24日、死去した。81歳。死因は明らかにされていない。
ハンチントンは冷戦時代の戦略理論家で、ハーバードのジョン・オリン戦略研究所の所長である。
昨年までの58年間にわたって同大で教鞭をとったハンチントン氏は、冷戦終結後の93年に米外交専門誌の 「フォーリン・アフェアーズ」に論文「文明の衝突」を発表。96年にはそれを加筆して出版した。
ハンチントン氏は、世界を西欧、イスラム、ヒンドゥー、中華など8大文明圏に分類。
このうちイスラム文明、中華文明(中国・朝鮮・ベトナム・シンガポール・台湾)が勢力を伸ばすとし、
西欧的価値観が危機にさらされるためこれらの文明から保護しなければならないと指摘する。
ハンチントン氏の分類では、日本は2~5世紀に中華文明より発生した日本一国だけで成立する孤立文明だとされる。 歴史的に強国側に立つ傾向があるされ、中華文明の影響力拡大により中国に従う恐れがあるなどと指摘されている。
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2009年12月 3日|コメント (0)|トラックバック (0)
Samuel Huntington died
サミュエル・ハンティントンが亡くなった。
20代の終わり頃から本を読んでもそうそう鵜呑みにはしなくなったが、この人の「文明の衝突」は冷戦後一体どうなるんだろうなという漠然とした不安の明快な道標になりえたと思っている。
結果として世界の情勢がそうなったというのも多少はあるが、それだけではなくその道の素人にも推論と帰結の道筋がすっきりした本であった。
若い人には我々の持っていた冷戦構造というものへのあの重ったるい霧、それも霧の向こうには間違いなく銃と核があった時代から説明せねば判りにくいとは思うけれど。
霧の向こうは行ったら最後戻ってこれない黄泉の国でもあったなあ。
イラク支援の関係だったか新千歳空港にアントノフが降り立った時に私は初めて冷戦は終わったんだなと実感したといえば驚かれるかもしれないが。
場所はちょっと離れてはいるものの完全に爆撃距離内にMig25がひょっこり来ちゃった時の記憶が生々しいのも土地柄というもので、マッカーサーなくば北海道は今頃ロシア極東地域であった。
だから冷戦は終わりました、今からロシアも東欧も同じような国になりますよと宣伝されても、また、北教組があれほどソ連を持ち上げアメリカを貶めた教育をしようとも実感というものは強烈でしかも身近には樺太や北方領土から命からがら逃げてきた人が沢山いるわけで。
ただ、私はハンティントンの本の題名「文明の衝突」自体に違和感を持ったのも事実だ。
彼のいう文明はあくまでも西欧世界、それも宗教的区分による文明なんじゃないのかと。
人は生まれつき動物でそれらを律する為に宗教があり宗教によって人間という動物から人がましくなれるという彼らの論理だけは私は日本人として声を大にして「そっかぁ」と。
そんな形にせずとも教会や司祭や寺やモスク、原典がなければならぬ宗教という形がなくとももっと生命そのものに溶け込んだ形での最早宗教という括りを持たずにいられるんじゃないかと思ったのね。
後生大事に形を残さねばならないような新興宗教ーキリスト教も仏教もイスラームもーは文明といえるほどの歴史があるんかいというのが正直なところで。
辿れる歴史があるうちはまだまだだなと、原典があるうちは所詮は人間がこさえたものじゃないかと。
躍起になって広めねばならないうちは溶け込んではいず、もっと言えば何かが足りないから争ってまで勢力を広めねばならんのだろう。
十字軍も大概だったが今のイスラームも大概だなあという感想が根底にあるからなあ。
そんなもんで戦争すんなよ野蛮人とこれは口に出せばまずいけどね。
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2009年3月23日|
カテゴリー:samuel huntington
